追分(おいわけ)城

2015年5月17日撮影


◆所在:

大府市東新町3 

 

◆交通:

JR共和駅の東側を走る県道50号線を南へ向かい、東新町2丁目交差点を東に曲がると、大府北中学がある。中学校西側の道路に校門があり、その脇に看板が立てられている。

 

◆歴史:

永禄2年(1559年)稲垣淡路守の築城と言われている。

 

江戸時代 の絵図面に書かれている城館は、尾張藩主の徳川義直に仕えた阿部正興(阿部正勝の三男)が四千石を得て追分城跡に屋敷を置いたと言う記録があるため、絵図面の城とはこの城館の事だと思われる。

 

300m程南に建つ浄通院の由来には、築城と同年に稲垣淡路守の発願で創建されたと記されており、宝暦5年(1755年)の火災で消失したため、現在の地へ移転されたとあり、この時代までは城館として機能していたと思われる。

 

昭和30年代までは、幅広い堀も残っていたようだが、道路建設と区画整理のため破壊されてしまった。

 

◆現在:

大府北中学となっており、西側のフェンス際に看板が立てられている。


浄通院の由来板に、追分城主稲垣淡路守の発願により建立されたとの記載がある。